理科塾から望む教育コラム

教育、世相、人と街…、肌で感じた小さな発見と疑問について軽い頭を絞りながら綴ります。

理科学器具から学ぶ論理力

丸底フラスコ・試験管・るつぼばさみ・乳鉢・ビュレット・リービッヒ管etc.理科学器具を実生活で目にする機会はほとんどありません。理化学器具はその形状も独特なため、一般の人にしてみれば縁遠くマニアックなものでしょう。しかし、その独特で不可思議な形状の一つ一つには理由が存在しています。扱う薬品や実験方法に適した工夫が施されていますから、その仕組みを紐解けば作り出した人の知恵を知ることができます。教科書に載っているような扱い方を覚えるだけではなく、理科学器具に込められた“なぜ”を考えながら論理力を鍛えていきましょう。今回、テーマにする理科学器具は「メスピペット」です。

 

メスピペット(左)と安全ピペッター(右)

 

 

■メスピペット駒込ピペットの違い

 

メスピペットピペットの一種です。高校の化学の教科書でお目にかかる程度で、小中学生が実際に扱う機会はほとんどありません。そもそもピペットとは何?とお思いの方もいらっしゃるでしょうから、ピペットについて簡単に説明します。少々乱暴な言い方ですが、ピペットとはスポイトの類です。溶液を吸い取りそれを別の場所に移したり、必要な分量の溶液をはかったりする器具です。プラスチック製のスポイトをはじめ、ガラス製の駒込ピペット・わずかな溶液をはかり取るマイクロピペット・正確な分量を計量するホールピペットなどがあります。

 

小中学生が手にする機会のあるスポイトや駒込ピペットは、溶液を吸い上げビーカーなどへ注ぐ場合に用いられます。つまり、溶液の移動が目的です。それに対してメスピペットは、必要な分量の溶液を計量する目的で用いられます。「学校の理科実験でスポイトや駒込ピペットを用いて溶液をはかり取ったことがあるから、スポイトや駒込ピペットでも溶液の計量ができるのでは?」と質問が飛んできそうです。確かにスポイトや駒込ピペットにも目盛りがつけられているため、溶液をはかり取る作業ができます。ただ、目盛りの精度は高くありませんので、簡単なはかりとりにしか使えません。溶液の計量を正確に行うには、メスピペットやホールピペットがその役割を担います。

 

 

下の写真をご覧ください。駒込ピペットの目盛りとメスピペットの目盛りとの違いに気づけるでしょうか。

左が駒込ピペット、右がメスピペット

 

左が駒込ピペットの注ぎ口、右がメスピペットの注ぎ口

 

駒込ピペットの目盛りは、注ぎ口を0mlとして上部に向かって数字が増えています(スポイトも同様です)。一方、メスピペットは最も上の目盛りを0mlとして下部に向かって数字が増えています。加えて、メスピペットの目盛りは駒込ピペットの目盛りよりも細かく刻まれています。以上のことからメスピペットは、最初に0mlの位置まで溶液を吸い上げてから滴下することで滴下した量を正確に計ることができます。また、メスピペットの最後の目盛りは注ぎ口よりも離れたところで終わっています。(※注ぎ口まで目盛りが刻まれているタイプのメスピペットもあります。)これは、溶液をメスピペットからすべて出し切らない、つまり最後の目盛りを超えて滴下しないという意味です。すぼんだ形のピペットの先に溶液が残りやすい特性による誤差を減らすための工夫です。

 

 

■知恵と工夫が詰まった安全ピペッター

 

ところで、メスピペットにはスポイトや駒込ピペットにあるような“つまむ場所(ゴム帽)”が見当たりません。どのようにして溶液を吸い上げて滴下するのでしょうか?実は、メスピペットの上端を口にくわえて溶液を吸い上げたら、すばやく指で管穴を閉じて指の加減で滴下するのだそうです。“…だそうです”と述べたのは、これが昔の方法だからです。現在は、安全ピペッターという器具をメスピペットに装着して溶液を吸い上げて滴下します。口で溶液を吸い上げる時代には、塩酸や硫酸などの危険な溶液をごっくんしてしまった人もいたでしょう。“安全”ピペッターという名前の理由に納得できます。

 

安全ピペッター、弁はゴム管(上)が1・ゴム管(下)が2・ゴム管(下横)が3

 

この安全ピペッターの仕組みが単純ながらも良く考えられています。安全ピペッターの3本のゴム管内(上・下・下横)にはそれぞれ弁が入っています。弁は通常閉じられた状態です。弁が入っている箇所を指でつまみ押すとゴム管が歪み弁が開く構造となっています。弁の開閉により、溶液の吸い上げと滴下が操作されます。これはいずれも空気の力によるものです。空気の力によって吸い上げと滴下が行われる仕組みはスポイトも同様です。

 

皆さんもご存じのスポイトの操作手順を思い出してみましょう。

1.まず、スポイトの頭を押しつぶし、スポイトの先を溶液の中に入れます。

2.押しつぶしていた頭を少しずつ元に戻していきます。すると、溶液がスポイトの中に吸い上げられます。

3.頭をつまんだままスポイトを他のビーカー上に移動します。再び少しずつ頭を押しつぶすと溶液が滴下されます。

 

1~3の手順の仕組みを解説します。

1.スポイトの頭が押しつぶされることによりスポイト内の空気が押し出されます。

2.スポイト内は陰圧になる(空気圧が下がる)ため、大気圧に押された溶液がスポイト内に入ってきます。

3.スポイト内の空気の力により溶液が滴下されます。

 

安全ピペッターにこの仕組みをあてはめて操作方法を考えてみましょう。

1.ゴム管(上)の弁を開いて球体内の空気を外へ押し出します。メスピペットの先を溶液内に入れます。

2.ゴム管(下)の弁を開くと、メスピペット内が陰圧となり、大気圧に押された溶液がメスピペット内に入ってきます。

3.ゴム管(下横)の弁を開くと、ゴム管から入ってきた空気の力により溶液が滴下されます。

 

安全ピペッターの弁は押した時のみ開くため、つまんでいる指を弁から離すと溶液の動作が停止します。スポイトのように頭を押しつぶしすぎてドバっと溶液を滴下しすぎる失敗はありません。安全ピペッターのおかげで安定した滴下が可能となります。

 

簡易的な滴定実験にも用いられます。

 

 

■理科学器具の観察と洞察から得られる本質的学力

 

安全ピペッターとメスピペットはシンプルな仕組みの理科学器具です。シンプルな仕組みであるがゆえに、「この形状は何のためなのだろう?」、「どうすれば溶液を滴下できるのだろう?」の“なぜ”を考えやすい利点があります。こうした器具の形状を観察して仕組みを洞察することにより閃き力と理解力を深められます。教科書に載っている操作方法を丸暗記するだけでは本質的な理解に至りません。暗記した内容はやがて頭から消え去ってしまうでしょう。

 

近年の中学受験では与えられた情報を整理し、そこから推理して論理的に解答を組み立てる力が求められています。それは、受験参考書の定番テーマを学習しただけでは身につけられない力でもあります。特に都立中学で実施されている適性検査型入試は科目横断的な総合問題であり、こうした本質的学力が必要とされます。

 

安全ピペッターとメスピペットは、冒頭で述べた通り、小中学生には縁遠い理科学器具ですが、適性検査型入試の題材として面白い一品です。

 

 

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