学校英語では、英文法(grammar)をみっちり教え込まれるのに、母国語である日本語の文法や作文技術をあまり教わらないのは、学校七不思議の一つです。話し言葉と書き言葉は別物です。日本語を母国語として日常的に使っているから、書き言葉も自然とできるようになるわけではありません。英文法と同様に、書き言葉もルールや技術を教えるべきです。
先日、スーパーにドレッシングを買いに行った際に、ポップに書かれたコピーが気になりました。
『玉ねぎ特有のシャキシャキとした食感や甘みを引き出すため、相性の良い玄麦黒酢を合わせたドレッシングで、まろやかな酸味とコク、芳醇な香りが特徴です。』
伝えたいことはなんとなく分かります。しかしながら、アピールポイントの主軸がどこにあるのか、玉ねぎなのか、黒酢なのか、食感なのか、甘みなのか、酸味なのか、コクなのか、香りなのか、なんでしょう。そもそも、文章がスッと頭に入ってきません。なぜはっきりしない印象のコピーになってしまったのか文章を分解してみます。
■係り受けがはっきりしない
係り受けとは、文節・句ごとの修飾・被修飾関係をいいます。前半部分『玉ねぎ特有のシャキシャキとした食感や甘みを引き出すため』に注目してみましょう。まず文節・句に分解します。
玉ねぎ特有の / シャキシャキとした / 食感や / 甘みを / 引き出すため
日本語は動詞を係り受けの終着点として文が構成されます。前半部分では、【引き出す】という動詞が終着点です。【引き出す】に係るのは【食感(を)】と【甘みを】になります。続いて2つの形容表現の係り受けを見てみましょう。【玉ねぎ特有の】は【食感】と【甘み】にそれぞれ係ります。【シャキシャキとした】は【食感】にだけ係るはずです。″シャキシャキとした甘み”はちょっと変ですよね。ところが、この文節順では”シャキシャキとした甘み”と係り受けが起きてしまいます。不要な係り受けを避けるために下記の様に順序を入れ替えます。
玉ねぎ特有の / 甘みや / シャキシャキとした / 食感を / 引き出すため
■一文が長い
伝えたい情報を一文(72文字)にすべて詰め込んでいます。一文が長くなると伝えたい情報が2つ3つ入ってしまい、何を伝えたいのか逆に分かりにくくなります。"一文一意”という原則があり、一文には一つの情報だけを載せると読み手に分かりやすい文章となります。今回のコピーでは、大まかに捉えて2つの情報が一文に入っています。
①玉ねぎと黒酢を合わせた。
②酸味とコクと香りが特徴。
一文が長くなる傾向に陥る人は意外と多いのではないでしょうか。「~で、」・「~して、」を多用すると文章が長くなり、一文中に情報量が多くなりがちです。そこで、一文を40文字程度にすると一文一意に収まりやすく、読み手に情報が伝わりやすくなります。(40文字より長い文章が悪文というわけではありません。ただし、それには高度な文章力を必要としますから、初心者の方は一文40文字を意識することをお勧めします。)今回のコピーも一文一意の原則に従って二文に分けてみます。
『玉ねぎ特有の甘みやシャキシャキとした食感を引き出すため、相性の良い玄麦黒酢を合わせました。』
『まろやかな酸味とコク、芳醇な香りが特徴です。』
■並列の関係がきちんと表されていない
①まろやかな酸味 ②コク ③芳醇な香りは、すべて【特徴です】に対する主語であり、並列関係にあります。ところが、①酸味と②コクは助詞の【と】で結ばれているのに対して、③香りは【、(読点)】で結ばれています。推測するに、3つの語句を助詞の【と】ですべて結ぶとリズムに締まりが無くなると、このコピーの作成者は考えたのではないでしょうか。並列語句の表し方には色々ありますが、今回のコピーでは【・(中点)】を使うといいでしょう。
『まろやかな酸味・コク・芳醇な香りが特徴です。』
■イメージしやすい語彙を使用する
ここまでの修正で文章としては、正しくなりました。次に、伝えたい情報を読み手がイメージできるように、使用する語彙を選定しましょう。日本語には、一つのものを表現するのに複数の単語が存在します。例として、雑草が生い茂っている場所を表現する単語に、茂み・やぶ・草むら・原っぱ等があります。それぞれの単語は、凡そ同じ意味ですが、微妙にニュアンスや連想するイメージが異なります。このドレッシングのウリは、酸味とコクと香りをバランスよく調合できたことですから、【特徴です】は、アピールするにはあっさりしすぎた表現です。以下のようにリライトしてみます。
『まろやかな酸味・コク・芳醇な香りが調和した風味をご賞味ください。』
表現の仕方に主観や好みがあるものの、少しは良くなったでしょうか。
■形容詞を多用しすぎている
強調したい気持ちが強すぎると、つい多用してしまうのが形容詞と副詞です。食レポで有名な彦摩呂さんが、これでもかというほどに形容表現を用いるので、一般の人も食べ物に関して形容表現を多用してしまうのかもしれません。しかし、彦摩呂さんの表現は芸の域であり、文章技術とは別物です。形容表現を多用しすぎると、読み手にはしつこい印象を与えてしまいます。真に必要な時にだけ形容表現を用いた方が、効果的に情報を伝えられます。今回のコピーで使用されている形容表現は以下の通りです。
シャキシャキとした(食感) 相性の良い(玄麦黒酢) まろやかな(酸味) 芳醇な(香り)
シャキシャキとした⇒玉ねぎの食感が"シャキシャキ”しているのは、共通認識です。あえて強調する必要はありません。
相性の良い⇒“玄麦黒酢”自体に個性があります。"相性の良い”も外してみます。
まろやかな・芳醇な⇒"まろやかな酸味”はイメージできますが、"芳醇な香り”とはどのような香りなのか分かりません。
形容表現を整理すると以下のようになります。
『玉ねぎ特有の甘みや食感を引き出すため、玄麦黒酢を合わせました。』
『まろやかな酸味・コク・香りが調和した風味をご賞味ください。』
元のコピーを生かした形で修正しても、分かりやすくなったのではないでしょうか。文章は読み手に情報を伝えるものです。文章技術を会得すれば、分かりやすい文章を誰でも書けるようになります。もちろん、表現の仕方に正解は一つではありません。もっと上手にコピーを作れる方は名コピーライターを目指して頑張ってください。
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