理科塾から望む教育コラム

教育、世相、人と街…、肌で感じた小さな発見と疑問について軽い頭を絞りながら綴ります。

探究学習のススメ-理科実験の探究が学力を向上させる訳-

 

 

科学実験塾を営んでいると、ある壁に突き当たります。ある壁というのは、「限られた時間の中で、科学実験を通して学びの本質を生徒に伝えきれているのか」という問題です。

 

 

■探究学習で得られる3つの力

 

学びの本質とは、探究する学習の中にあります。科学実験は奥深く、興味や閃きをそそる素材の宝庫ですから、探究するのに適しています。自然科学の原理を知り、科学と日常生活との接点から新たな疑問や課題を起こし、課題の解決に向けて試行錯誤する。探究活動の過程において、「課題を自らに問う力」・「考える力」・「解決する力」を養えます。もっとも、科学実験以外の分野でも夢中になれるもの・探究できるものがあれば、3つの力を養うことは可能です。理科教育に従事する者として、ここでは科学実験を中心に話を進めます。

 

探究学習の一方で、偏差値や受験の合否を教育のゴールだと考えている人は未だ世の大半を占めています。こうした傾向は、功利主義が渦巻く世相の表れかもしれません。例として、『地域の御三家・四天王と呼ばれる高校ならどこでもいいから入りたい。』とか、『学部は関係なく、MARCH以上の大学ならどこでもいい。』とかいった声がよく聞かれます。(かく言う私も10代の頃は右に同じでした。)しかし、学びの本質を欠いたまま勉強に臨んでも思うように成績は上がらないでしょう。詰め込みとテクニックで合格を勝ち取ったとしても、受験の成果が個人の豊かさと社会の持続繁栄に寄与しない見せかけのものに終わるかもしれません。(個人の豊かさとは何かという問題がありますが、それは別の機会に。)学ぶ上で大切なことは、学びの奥深さ・考える楽しさを知っているかどうかにあります。それでも、多くの受験生や親は点数に直結する(と思い込んでいる)勉強やハウツーばかりを追いかけ、探究学習には目もくれません。

 

 

■探究学習は受験と無関係なのか―堀川の奇跡が証明したこと―

 

京都市の中心部、かつて本能寺があった場所に私立高校と見紛えるほどの近代的な校舎がそびえています。京都市堀川高校は、明治41年創立の京都市立堀川高等女学校を前身とする伝統校です。公立ながら毎年、京都大学の合格者数ランキングで上位に顔をのぞかせることで有名ですが、20年ほど前までは国公立大学の合格者数が10名に満たない学校でした。いったい、この20年の間に堀川高校ではどんな秘策が施されたのでしょうか。私立高校にありがちな特進コースを設けて、予備校のごとく受験の猛特訓を生徒に課したわけではありません。

 

堀川高校の特徴は、20年前に新設した探究科という一風変わった名称の専門学科にあります。探究科は、人文・社会系の人間探究科2クラスと自然科学系の自然探究科2クラスで構成されています。自立した個人を養成するという理念の下、探究科の生徒たちは主体的な学びを実践しています。具体的な活動の一つとして、1・2年次に履修する探究基礎とよばれる科目があります。探究基礎では、独自テキストを用いたゼミナール形式の授業や個人研究活動を通して、ディスカッション・質疑応答・パネル発表などの経験を積みます。その目的は、受験に直結した学力の向上ではなく、「どのように研究学習に取り組めばよいのか」という“探究学習の仕方”を学ぶことにあります。

 

探究科初年度の卒業生を輩出した2002年には、前年6名だった国公立大学の合格者数が106名へと大躍進を遂げ、堀川の奇跡と謳われました。探究学習の仕方を学んだ生徒たちは、自ら課題を設定し、その課題の解決に至るまでのプロセスを試行錯誤する学びを行ってきました。試行錯誤する学びには用意された正解がありません。生徒たちは、教科書をなぞる学習にはない楽しさや苦しさを経験する中で、学びで広がる可能性を実感してきたのではないでしょうか。堀川の奇跡は、探究学習を通じて生徒たちが進路への明確なビジョンを見据え、学びのモチベーションを抱いた証左です。

 

 

■科学実験を通して探究学習させることへのジレンマ

 

科学実験は、黒板とテキストがあれば授業が成り立つ座学とは異なり、試薬や科学器具を扱いながら進行する実習授業です。故に、科学実験と向き合うには腰を据えて取り組む必要があります。さらに座学と同様または、それ以上に思考する労力も要します。というのも、科学実験とは本来、疑問を問うところから始まり、予備知識を調べ上げ、仮説を巡らし、実験計画⇒準備⇒検証⇒失敗や新たな疑問⇒検証の繰り返し⇒考察、に至るまでの地道で長い道のりをたどるからです。試行錯誤しながら科学実験を探究するには時間を要します。たまに来る実験教室の2~3時間程度の授業時間において、生徒たちにこの道のりをじっくり探究させることにジレンマを感じる時があります。

 

科学実験のプログラムを検討する時、時間内で完結できるように内容を絞り、可能な限りの下準備を事前に施し、分かりやすく再現性のある結果となるように調整します。生徒たちは、こちらが事前に敷いたレールをたどりながら実習に臨むわけです。本来、科学実験は、仮説の誤りや実験方法・条件設定の甘さによる失敗がつきものです。一発で成功するようにお膳立てされた実験ばかりを体験していると、エンターテイメント性を追求し、理解が深まらないというパラドックスが発生します。言い方が悪いのですが、授業時間が限られている以上、面白く分かりやすい科学現象のいい所どりをさせてしまっている節は否定できません。もちろん、理科の専門塾として充実した内容を行っている自負はありますし、生徒たちに科学への好奇心を喚起させ、基本的理解を深めさせる上で、一定の責務を果たしてきたと思っています。しかし、中学生以上を対象にする実験塾として、面白楽しの実験結果を受け身的に楽しませて終わりでは、意味がありません。

 

昔の教え子から当時よく聞かれた言葉があります。この教え子は、教室へ入って来ると「今日は、どんな楽しい実験をしてくれるのか?」と私に聞くことが挨拶代わりでした。毎回、塾に通うのを楽しみにしてくれていた点では、私にとって嬉しいエピソードです。しかし、どこか実験ショーを体験しに来たかのような受け身な言葉に実験塾としての至らなさみたいなものを感じていました。もちろん、この教え子が悪いのではありません。むしろ、好奇心も旺盛で、理解も優秀な生徒でした。子どもたちが受け身の学習姿勢となってしまう原因は、学校をはじめとする日本の教育の在り方にあります。

 

 

■受け身型学習に慣れすぎてしまった子どもたち

 

日本の凡その学校では先生の教えたことをなぞることが教育のかたちとされてきました。子どもたちは小学校から受け身の学習スタイルを強いられてきたため、自学自習の方法を知りません。日本の教育は、教科ごとの枠にはめられた既知の知識の習得に重きを置いています。学校でも塾でも、生徒全員が一人の先生へ体を向けて、教えられたことを素直になぞり、正しい解き方に沿って解くという受け身の学習が行われています。受け身型学習のすべてを否定しているのではありません。年齢の段階に応じて子どもたちの真っ白なキャンバスに既知の知識を学ばせることは必要です。積み上げた知識を体系化すれば、考える際の引き出しとなるからです。しかしながら、受け身学習の経験しかない子どもたちは2つの弊害に陥りがちです。一つは、問題は与えられるものだという思い込みであり、もう一つは、解答に至るプロセスよりも正解をすぐに求めてしまう学習姿勢です。

 

受け身型学習に慣れた子どもたちに「仮説を立よう」だとか、「結果から考察しよう」だとか、「新たな疑問を生み出そう」だとか求めても、子どもたちは何をどのように考えればよいのか分かりません。そこで、考えるために必要な基礎知識を学ばせた上で、実験のプロセスと考え方を教える必要があります。実験の失敗も授業に活用すると、失敗が試行錯誤を促し、思考と理解を深めさせる材料となります。先生は、安全を確保しながら見守り、生徒が行き詰った時にアドバイスを与える役割に徹して、探究が生まれる環境を作れば良いのです。

 

 

■探究学習に時間を割こう

 

探究する学びとはどういうものなのか。探究から得られる前述の“3つの力”をどうしたら養えるのか。これらは、先生からテキストを使って教えられるのではなく、自ら探究活動する中で掴み取るしかありません。科学体験ショーではない、知的探究としての科学実験を行うにはまとまった時間が必要だと述べてきました。一つのテーマを掘り下げるために、失敗も含めて様々な角度から実験を試行錯誤する。「どうすれば課題を解決できるのか。」、「仮説を検証するために実験計画をどのように立てれば良いのか。」、「結果から得られたデータをどのように整理して捉えればよいのか。」、手を動かし、眼を利かせて、思案する。科学実験の探究に没頭することで、「問う力」・「考える力」・「解決する力」を身につける。実験塾を運営する者として、科学好きな中高生に科学探究づくしの場を提供したいとの思いを巡らせてきました。

 

中高生は受験勉強や部活動に忙しい日々を送っています。特に部活動では休日の活動と朝練が当たり前のように行われ、中高生の貴重な時間を奪っています。国体やオリンピック、その先のプロ入りを目指しているのならば部活動に青春をかけてください。ただし、理路整然とした指導の下、科学的なトレーニング法を取り入れて成長期の体づくりを考慮した環境が整っていることを願います。しかし、もし所属している部活動から半ば強制的に参加を求められているのならば、または、周囲と歩調を合わせ仕方なく参加しているのならば、もしくは、精神論を唱える鬼顧問と先輩の顔色を伺わなければならない空気が蔓延しているのならば、あなたが本当に興味のある分野に時間を割くべきです。

 

理科塾は、科学系の学習と進路に興味を抱く中高生を応援します。月に2回、計5時間を科学実験の探究に費やしてみませんか。できることならもっと多くの時間枠を設定したいところですが、他教科の勉強も必要ですし、家族や友達や恋人?と過ごす時間も大切ですから、控えめにしておきます。それでも、1回2時間半に渡り少人数で主体的に科学探究をするのは、ハードスタディです。これまで気づけなかった学びの世界に足を踏み入れることで、知りえなかった未来を垣間見るチャンスがここにあります。

  

解答をすぐに求める学習しか知らない生徒よりも、解答に至る道筋を考え抜く力に長けた生徒の方が、受験でもその後の人生でも道を切り拓いていけます。

 

 

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