理科塾から望む教育コラム

教育、世相、人と街…、肌で感じた小さな発見と疑問について軽い頭を絞りながら綴ります。

科学実験に渦巻く幻想と誤解―理科実験を学ぶ意義―

「理科実験を専門とする塾をやっています」と話すと、おおよそ以下のような反応をいただきます。「面白そうですね。楽しそうですね。」「子ども(小学低学年or未就学児)にやらせてみたい。」「科学実験のお楽しみイベントをやったらいいね。」etc.…。もちろん、みなさん好意的に受け止めて声をかけてくださっているので、これらのお声をありがたく頂戴しています。ただ、心の中である想いがこみ上げてきます。それは、理科実験から連想される世間のイメージと理科実験のあるべき本質とが乖離している風潮に対する憂いです。

 

 

■科学実験は日常や学習と切り離された体験型娯楽?

 

科学実験はバラエティー番組で恰好のネタになります。キャラ立ちする専門家による科学ショーは、ちょっとした不思議を面白おかしく解き明かしてくれます。タレントさんがプロのリアクションでショーを引き立て、お茶の間に「へぇ~」の旋風を巻き起こします。こうしたバラエティー番組自体は分かりやすく楽しい内容です。

 

バラエティ番組の科学ショーが生み出した科学実験のイメージは、子どもたちをドキドキわくわくさせる素材に合致します。昨今は子どもを対象とした科学イベントがあちらこちらで開催されるようになりました。こうした科学イベントは、子どもたちの科学への興味を引き出す入り口として一定の役割を果たしており、ともすれば、小難しくて敬遠されがちな科学を日かげから日なたの存在へ引っ張り出すことに成功しました。

 

幼い子どもたちが科学実験に胸躍らせる姿は、大人をほっこりさせるし絵にもなるでしょう。けれども、経験値が低く論理的思考力と学力の土台が未発達な子どもたちは、科学実験の現象を感覚的に楽しめても体系的な理解を得るに至りません。そこで、科学実験は驚きと楽しさを伝道する手品のような娯楽と化します。科学実験に興じた子どもたちが中高生になり、「実験は好きだけれど理科や数学は嫌い」・「理科や数学が世の中の何の役に立つのか分からない」と捉えてしまう現実は残念でもったいない限りです。こうした子どもたちにとって科学実験は非日常世界のものであり、教科書や受験勉強とは無縁のものと認識されてしまっています。これは子どもたちに限ったことではなく、保護者をはじめ世間にも当てはまります。科学実験が日常や学習と切り離されたエンターテイメントに終始するほどに、理科実験の本質が置き去りにされている気がしてなりません。

 

 

■科学は日常世界と隣り合わせの存在

 

日常には科学が溢れています。気候・生活・仕事において意識するしない関わらず、私たちは科学現象に囲まれ、科学技術の恩恵を授かりながら生活しています。

 

例えば、料理で言えば、調味料を入れる順序で有名な「さしすせそ」は浸透圧や分子の大きさで説明ができます。気象で言えば、ガラスの曇りをとる術や朝霧が立ち込める理由の説明には、気温差における飽和水蒸気量の知識があれば対処できます。他にも、濡れた髪の毛を速く乾かすにはドライヤーの熱に頼るのではなく風を上手にあてるのが有効だとか、相撲では相手の押してくる力の反作用を利用すると小柄な人でも勝てるとか、加熱用カキと生食用カキの区別が鮮度の違いによるものではなく養殖場の場所の違いによるものであり、それはプランクトンと海に流入する養分における食物連鎖が関係しているとか、酸化チタンなどの光触媒技術を利用した外壁材は建物の耐久性を向上させ外壁の退色も防いでいるなど、例を挙げるときりがありません。

 

科学は日常とは別世界にある特別で小難しいものではなく、日常の世界の森羅万象を解明し、社会を革新させるものです。

 

 

■理科実験で培われるのは忍耐力と日常に応用できる思考力

 

理科実験が他の教科と異なる点は、机上の思考ではなく五感を生かした実践的な思考を要することです。というのも、理科実験を行う上で失敗する場面や思い通りにならない場面で求められる試行錯誤という行動は思考の舞台を作り上げるからです。

 

例えば、理科のテスト問題で【 】のような条件文言を見たことがあると思います。

 

同じ直径の鉄球と木球を高さ50㎝の地点から同じ斜面に転がした時、ゴールに速く到着するのはどちらの球か?

【ただし、摩擦や空気抵抗は考えないものとする。】

 

教科書やテスト問題上の正解(つまり、机上の正解)は、《鉄球も木球も同時に到着する》です。球の質量は落下速度に関係しないからです。しかし、実際に実験を行ってみると僅かに鉄球が先に到着します。これは、斜面と球の摩擦および球が受ける空気抵抗によって誤差が生ずるためです。では、誤差を最小化して理論通りに近づけるにはどうしたらよいのか。斜面の素材を変更するか?球の径を小さくするか?真空装置の中で実験を行うか?原因を探り、こうするといいのではと仮説を立て、改良を施して再検証する。こうした試行錯誤を行う中で思考を練り理解を深められるのです。

 

科学の原理原則は論理的であるからこそ、問題の原因を探ったり解決方法を導いたりする上で論理的思考力が養われます。日常に応用できる論理的思考力は“理科"という教科を通して習得されるべき力であり、“理科”という教科が存在する理由です。実験検証は、仮説に基づき条件を変えながら繰り返し実験を行う地道な活動です。僅かな結果の差異に着眼する。仮説や理論との整合性が取れなければ原因を探り解決策を練る。観察力・洞察力・創造力・忍耐力を駆使して主体的に理科実験と対峙する。理科実験の本質は、科学実験ショーや成功のお膳立てをされた科学実験体験のようなレールに乗せられている立場では学べません。

 

 

■理科実験で培われる思考サイクルはすべての教科に通じる

 

理科実験のような体験型学習は受験と無縁だと捉えられがちです。受験や定期テストというハードルを前にして、多くの受験生と保護者に選ばれるのは理科実験塾よりも受験対策や定期テスト対策を対象にした学習塾です。受験で必要とされる学力は、その場限りの知識と解き方の詰め込みではなく、筋道立てて解答を導く考え方です。しかし、学習塾に通う多くの生徒が陥りがちな症状は受験対策への最適化であり、彼らが論理的思考力を醸成することはありません。(もちろん、学習塾においても学びの本質を理解し思考力を向上させられる生徒もいます。)論理的な考え方は一朝一夕で身につきませんから、普段から何らかの活動を通して思考する癖を身につけるほかありません。理科実験や理系進学に関心を持てる人ならば、理科実験は思考する癖を習慣づける最適な素材の一つです。

 

情報を分析して、解決法を構築した上で、効率的に説明(実証)する。これは理科実験で行われる思考サイクルですが、英語・数学・国語などの教科でも同様の思考サイクルが必要とされます。

 

例えば、英語の長文解釈問題を解く時は、文節単位で係り受けを考え整理する《情報を分析》⇒日本語訳を組み立てる《解決に向けた構築》⇒問題の条件と字数制限に合わせて分かりやすく要約する《効率的な説明》という思考サイクルが要求されます。

 

数学で言えば、二次関数の問題を解く時は、問題文とグラフを読み込み情報を整理する《情報を分析》⇒知りうる法則と知識を総動員して解法を組み立てる《解決に向けた構築》⇒場合分けなど順序立てて解答する《効率的な説明》という思考サイクルが要求されます。

 

受験は知識とハウツーの詰め込みで乗り越えられると思われがちですが、出題者が問いたいのは考え方と表現方法です。もちろん、知識の習得は必要ですが、知識は考え表現する際の道具と部品です。受験問題では知識を知っているか否かを問われているのではありません。知っている知識をどの場面でどのように活用するのかが問われています。暗記ばかりの勉強をしても一定の点数より向上しないのは、思考のサイクルが身についていないからです。

 

 

■好きを伸ばして将来を切り拓く面白さ

 

人は好きな道に出会い没頭すると、必要な技術や学問を習得して、さらにその道を究めようとします。子どもたちが自主的に勉強に取り組み成長するには、周囲から与えられた勉強ではなく、自ら見つけた"好き”が近道となります。そうは言っても、ボサーっと過ごす我が子に「勉強しなさい。○○しなさい。」と口うるさくなってしまう親御さんの気持ちは分かります。我が子を案ずる親御さんに聞いていただきたい「好きを自己成長力に変えた高校生の実話」があります。

 

自動車レースF1の世界に単身飛び込み、現在ハースF1チームのチーフレースエンジニアとして活躍する小松礼雄(あやお)さんの遍歴をお話しします。チーフレースエンジニアとはチームの戦略やマシンセッティングを統括するトップエンジニアで、チーフ職は各チームに一人しかいません。(現在のF1は全10チームなので、F1のチーフエンジニアは世界に10人しかいません。ちなみにF1ドライバーは各チームに2人ずつ在籍しているので計20人となります。)欧米人が幅を利かせるF1レースの世界では、ホンダのような日本のメーカー絡みを除けば、日本人が単独でエンジニアリングやチーム運営の世界に身を置くことは稀です。

 

小松さんは自身を“文系出身のエンジニア”と称しています。というのも、高校時代は数学の偏差値は30台で英語も全く話せなかったからです。高校卒業を控えて「F1のエンジニアになるためイギリスに行く」と決心したのですが、先生には相手にされず、友人には馬鹿にされたそうです。しかし、単身渡英し、大学予科学校や英語学校に通い英語力を身につけながら、自動車工学で有名なラフバラ大学に入学します。英語も数学も苦手だった小松さんが、大学卒業時には自動車工学専攻において主席に次ぐ2位の成績を修めます。大学院では実践的な機械工学を習得し、卒業後念願だったF1の世界に職を得ます。F1エンジニアの世界とは、優秀な学校を卒業しエリート意識が高い理系人間が集う場所です。そうした世界において、“文系出身エンジニア”を自負する小松さんは、コミュニケーション力を生かし、データ分析が主流になったF1の世界において現場感覚を重視した柔軟な仕事ぶりで実績を築き上げていきます。やがて"エンジニア小松”の名は知られるところとなり、現在の地位に上り詰めます。

 

小松さんは高校大学時代を振り返り、「高校では物理や数学が何の役に立つのか分からなくて、ぜんぜん面白くなかった。イギリスに留学してからは物理や数学の意味と目的が分かり、学ぶことが楽しくて仕方なかった。」と語っています。

 

理科実験に話を戻します。理科実験の活動に没頭し科学への興味を増すと、科学と社会のつながりを意識し、目標を抱けるかもしれません。進路を見据えた時、必要な教科に意味を見出すでしょう。小難しい化学式もそれが何の役に立つのか、何を意味するのかを理解できるでしょう。理科との関連が強い微分積分三角関数統計学を学ぶ必要性も実感できるでしょう。大学での研究では文献や論文を読みこなしたり、研究発表したり、海外の機関と共同研究したりしますから、国語力と英語力を身につける必然にも行き当たるはずです。社会の課題を知ることで研究の方向性を見出せます。

 

好きな道から学びの楽しさと意味を知る。受験の為や学校の成績の為と用意された教科をこなすのは面白くなくて当然です。思春期の子供たちが、一点の好きから学びを広げる面白さに気づける環境こそ、大人が思春期の子供たちに用意するべきではないでしょうか。科学に好奇心を抱ける中高生が、理科実験をお楽しみイベントとしてではなく探究力を養える学びとして捉えられるように理科教育を広めていかなければなりません。

 

 

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