理科塾から望む教育コラム

教育、世相、人と街…、肌で感じた小さな発見と疑問について軽い頭を絞りながら綴ります。

ガクチカと内申評価制度の意外な共通点①

大学生の“ガクチカ”問題

 

現在の大学3年生・4年生はコロナ禍の大学生活を入学当初より余儀なくされてきた学年です。授業はオンラインが中心で、インカレ・サークル・クラブ活動も大幅にその機会を縮小させられてきました。学生アルバイトの定番といえる飲食店もコロナ禍の影響でアルバイトを雇うどころではなくなり、学生がアルバイトに精を出す機会も失われました。

 

そんな自粛縮小の嵐が吹いた時世と青春時代とが重なり合った大学生たちを悩ませているのが“ガクチカ”問題です。

ガクチカ”とは、「学(ガク)生時代に力(チカラ)を入れてきたこと」の略語で、多くの学生にとって就職活動における自己アピールの武器と捉えられています。サークル活動・アルバイト・ボランティア活動や留学経験など学生期間にどんな活動をしてきたのか、これをエントリーシートに記載し、面接でアピールするわけです。

 

『私は○○サークルの部長として後輩をまとめ、学祭では××してきました。』

外食チェーン店のアルバイトでバイトリーダーとして新人バイトの指導をしてきました。』

『オーストラリアに1年間語学留学をしてきました。』

 

ところが先述の通り、コロナ禍の学生生活では上記のような活動や経験を積むことができず、エントリーシートの自己アピール欄に書き込める材料がないと多くの学生が悩んでいるようです。ある自治体ではこうした学生に就活イベントの運営を体験させたり、県内企業の取材をさせたりして”ガクチカ”のネタ作りを後押ししています。

ガクチカ”が就活時の武器になるとの考え方は今に始まったものではなく、私が学生だった数十年前にも存在していました。就活時にはサークル・部活の役員とバイトリーダーが雨後の筍のごとく増殖します。さらには、イベントサークルを主宰していたと自己暗示にかかる者まで出現する始末です。

 

「輝かしい実績や経歴がなければ、自分は社会にとって“無価値”な存在だ。」

「人事担当者は、自分を“採用に値する人材”と認めてくれないのではないだろうか。」

 

こうした理由から多くの学生が自己アピールのための“ガクチカ”に憑りつかれてしまいます。

20代そこそこの若者は、自信が確立する発展途上にある世代です。家族や同世代に囲まれてきた世界から、海千山千の大人たちが渦巻く大海へ船出をするわけですから武器を身に纏いたくなるのも無理はありません。

 

 

企業と学生の意識の違いとは

 

しかし企業が見ているのは、サークルの役職でもバイトの肩書きでも留学の事実でもありません。面接に来た学生がどのようなものの捉え方や価値観を持ち、組織の中でどのような人間性を発揮するのか、との点を見抜こうとしているのです。限られた時間の中で上記の点を見定めるために、“学生時代に力を入れてきた活動(ガクチカ)”をそのツールとして尋ねているにすぎません。

 

昨今では一部の企業において、“学生時代に力を入れてきたこと”の質問項目をエントリーシートから廃止する動きも出ています。学生がガクチカの内容にこだわるあまり、人事担当者がガクチカから学生の価値観や人間性を探りづらくなったことがその一因です。

サークル活動やアルバイトや留学などの経験と内容が会社の業務に直結することは期待されていません。新入社員は研修を経て、入社した企業の理念や価値観を共有し、一から仕事を教え込まれます。

 

「私はこんなにすごいガクチカを持っています。」と学生がアピールするほどに人事担当者の心は冷めていくのではないでしょうか。社会人の先輩方は、気持ちよく一緒に働いてくれそうな若者を探しています。ドヤ顔で異口同音のガクチカをアピールする学生よりも素直で元気な学生と働きたいと考えることは当然の心理です。

 

 

ガクチカ問題は中学から始まっていた⁉

 

これほど人事側と学生側に意識の乖離がありながら、それでもなお学生が“ガクチカ”不足に悩み、その固定概念から抜け出せないのはなぜなのでしょうか。

 

この原因として中学の内申評価制度が一端を担っている気がしてなりません。ご存じの通り、中学の内申評価点は公立高校を中心に高校入試の大部分を決定づけています。内申評価は地域や高校により多少の差異がありますが、9教科5段階の評価点の他に特別活動(部活動・生徒会・委員会・表彰記録など)や検定(英検・漢検・数検など)が点数化され加えられます。厄介なのは、特別活動や検定が点数化され合否に影響を及ぼす点です。

 

埼玉県の県立高校を実例に挙げてみます。

 


埼玉県立 N高校(一部省略)

 

【特別活動等の記録の得点(50点)】

学級活動・生徒会活動  ※以下の区分により得点を加算する。

 

(区分A) 生徒会長、生徒会副会長、生徒会本部役員、各種委員会委員長・副委員長など

(区分B) 学級委員またはこれに準ずるもの

(区分C) 体育祭・文化祭・修学旅行委員長・副委員長など

(区分D) その他評価できるもの

 

部活動 ※以下の区分により得点を加算する。

(運動部)                                 

全国大会出場、関東大会出場、県大会ベスト8以上、県大会出場、郡市大会3位以上

県選抜選手、地区選抜選手、部長・副部長など

 

(文化部)                                 

全国大会等出場・出展、関東大会等出場・出展、県大会等(予選有)出場・出展、その他特筆すべき実績

部長・副部長など

 

【その他の項目の得点(20点)】

資格取得等 ※以下の資格を取得している場合に得点を与える。

 

英語検定3級以上、漢字検定3級以上、数学検定3級以上、珠算2級以上、

柔道・剣道初段以上、硬筆書写技能検定3級以上、毛筆書写技能検定3級以上など 


 

学業以外の活動実績が見事に数値化されています。上記の基準に当てはめれば、部活動に青春をかけて取り組んできた頑張りは、郡市大会を4位で終えてしまうと評価に値しないことになります。評価されるものは分かりやすい実績と結果です。生徒会活動や部活動でつかみ得た人間的な成長やその過程をアピールする機会は残念ながら設けられていません。

埼玉県立高校入試において内申評価点全体は合否の約40%を占めます。その内、特別活動の記録の得点とその他の項目の得点は約30%を占めます。つまり合否の約12%を校内活動や部活や検定などの実績が占める計算となります。

 

実例は埼玉県の資料を取り上げましたが、詳細の違いはあれど日本全国の公立中学校でほぼ同様の評価がなされています。つまり、“どう学び成長したか”よりも“何を行いカタチにしたか”の評価のみが公教育の現場で振りかざされています。そのため、学生たちは実績や結果を残すことのみに意識が向かい、その過程における興味関心や気づきや成長に疎くなってしまいがちです。

 

内申点獲得のために志もなく生徒会役員に立候補したり、理不尽な部活動に耐え続けたり、興味のない検定を受検したりする中学生は少なくありません。内定欲しさにガクチカのネタ作りに奔走する就活生の姿は、内申欲しさに行動する中学生の姿と重なって見えてきます。

 

成長とは必ずしもカタチで現れるものではありません。また実績とは本来、成長の結果として表出するものです。青春期には周囲の事柄や社会に好奇心を抱き、”個”を見つめ思考を育むことで人間性を高めなければなりません。ガクチカ探しへの彷徨の根底にあるのは、内申評価基準と高校入試制度がもたらした、誤った“成長への思い込み”なのかもしれません。

 

ではガクチカ問題に悩む就活生を生み出さないためにも、高校入試において子どもたちの成長を測るにはどのような方策があるのでしょうか。学内活動の実績や検定の級を点数化する内申点評価に代わる手立てを次回のコラムで考えてみます。

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