理科塾から望む教育コラム

教育、世相、人と街…、肌で感じた小さな発見と疑問について軽い頭を絞りながら綴ります。

ガクチカと内申評価制度の意外な共通点②

前回のコラム「ガクチカと内申評価制度の意外な共通点①」では、中学校の内申評価制度が大学生のガクチカ意識の根底をなしている問題点に触れました。

学内活動や検定等の教科外の内申評価点は受験生の思考力や人間性(適性)を測れているのでしょうか。また高校入試において適切かつ公平な基準といえるのでしょうか。

今回のコラムでは高校入試の現場が”カタチ”の内申評価基準から脱却し、どのような評価手法に改めるべきかを考えていきます。

 

 

入試にみる私立学校の狙い

 

そもそも入試を実施する側の学校はどのような視点から受験生をスクリーニングしているのでしょうか。多くの私立学校は、高い学力に加えて思考力・主体性・創造性に富んだ生徒の獲得を望んでいます。

その表れとして昨今の中学入試では定型の応用問題よりも時事問題や日常のテーマに結び付けた思考力型問題が出題される傾向にあります。都立国立の中高一貫校では教科横断型の適性検査と500字程度の作文を課す学校が多く、詰め込みの知識よりも思考力を重視しています。

高校入試においても早大高等学院や中大附属高校など、私立難関校では小論文を課して高配点としています。これも学科試験だけでは測れない思考力や表現力を重視する学校からのメッセージです。

また医学部の入試では多くの場合で小論文が課されます。医療の世界では倫理的な判断を求められる場面が多く、医療従事者としての言動が患者や社会に多大な影響力を及ぼします。したがって医学部を志願する受験生には学力はもちろん、倫理観や人間性も問う必要があります。

 

 

小論文は興味・知識・思考力・適性を知る最適ツール

 

入試において受験生の思考力や人間性を確認する方法として小論文が一つの有効な手立てではないでしょうか。もちろん入試に完全な方法は存在しません。限られた時間と方法ですべてを公平に探ることは不可能です。ただし受験生の思考力と適性を知るには、部活動の役職や戦績ならびに検定を点数化する内申評価よりも考えと知見を問える小論文の方が適しています。

殊更社会問題に対して意見を問う小論文問題では、争点や課題を発見するために幅広い見識が必要とされます。普段からニュースやコラムなどで時事問題に興味関心を持ち、調べる習慣を身につけておかなければなりません。

幅広い知見は考える癖を育てます。社会の出来事に対して「なぜだろう」「どういうことだろう」「どうなるのだろうか」との疑問を抱き考える癖を持つ人は観察眼と思考を深め、自らの意見をまとめられるようになります。これは一朝一夕では身につかないため、日常生活の中で習慣化するより方法がありません。

 

 

小論文を書けない中高生

 

【問題】

写真資料から読み取ることができる、社会が解決しなければならない課題を挙げなさい。また、それに対するあなたの考えを、これまでに学んだことを使って書きなさい。(500字以上~600字以内 一部条件省略)

 

これは筑波大学附属坂戸高校の一般推薦入試で毎年出題される小論文問題です。街角の風景など1枚の画像のみが示され、その画像から読み取れる社会課題を述べさせます。高校入試で出題される小論文問題としてはユニークな内容です。

この小論文問題に対処する一歩として、「1枚の写真のどこに着眼して課題を見つけ出すのか」との課題発見力を鍛えなければなりません。

時事問題ならびに社会問題に普段から関心を持ち、関連する身の回りの事柄に問題意識を抱く中学生ならば論じられます。ところが多くの中学生は意見を論ずる習慣がないばかりか、時事問題や社会問題に関心が薄いのが実態です。

昨年の学校説明会では問題作成担当の先生から、毎年多く見られる解答として以下のパターンが挙げられていました。

1.意見に客観性がなく、感想文と化している

2.意見の客観的根拠が示されておらず、説得力に欠ける

3.多方面からの視点に欠けている。(=意見が浅い)

 

「思ったことをそのまま書けばよい」「まずは考えてみよう」など、作文を苦手とする生徒へのアドバイスを耳にします。しかし思いついた言葉を適当に並べたものを”小論文”とは呼べません。それは論の展開が組み立てられていないからです。また”考えてみよう”と言われても、そのツールとなる知識がなければ何をどのように考えればよいのか見当もつかないでしょう。

そもそも学ぶ意欲や知識を広げる好奇心が低い学生は、思考する前に調べる習慣がなく、正しく調べる方法も知りません。調べ物はSNSの#ハッシュタグ検索を常用する中高生も昨今では少なくありません。

こうした学生はまず調べ方を学習するところから始める必要があります。検索するための語彙力を高め、情報の出典元を精査し、断片化されて出てきた情報を取捨選択する能力を身につけなければなりません。そうすれば情報の信憑性や真偽を判断できるようになります。

また小中高生の多くは作文の書き方を学校で教えられていません。客観的な文章(小論文)よりも主観的な文章(読書感想文)を書かされる場面が多いことも小論文を書けない原因の一端です。

 

 

興味関心は思考の源泉

 

内申点を追いかける中学校生活は、学習の本来の目的である、興味関心を抱き深く考える癖を育みません。これは”カタチ”を点数化する内申評価制度の弊害です。

加えてスマホ全盛の昨今、手元に情報端末を持ちながらも中高生の見聞の世界は狭くなる傾向にあります。インターネットやSNSの世界では既知の興味関心事項ばかりにアクセスする仕組みが組み込まれており、調べものをしやすいはずのネット端末がパラドックス的に作用します。

我が子の興味関心の低さや視野の狭さを心配する親御さんは多いのではないでしょうか。もっとも、経験不足の10代の子どもたちを“無関心でモノを知らない若者”と大人目線で決めつけてはいけません。ただ早い段階で好奇心や興味関心を持ち始めた中高生は考える癖を自然と身につけています。

普段から考える癖を身につけている生徒は様々な事柄に対して自分のスタンスを持つことができます。こうした生徒は、基礎的な文章技術を習得する必要があるものの、小論文やディスカッションにおいて自分の論を立てられます。

 

 

AIが浸透する社会が迫るからこそ

 

昨年11月に公開された自動文章作成アプリ”チャットGPT”は、産業革命やインターネットの登場に匹敵するほどの変革を世界に与えると言われています。チャットGPTとは、文章作成のお題を与えられたAIがインターネット上の情報を収集して文章を瞬時に組み立てるアプリです。

その文章作成能力は高く、アメリカの大学では学生がチャットGPTで論文課題を作成してしまうことが問題視されるほどです。チャットGPTによる論文は教授に見破られにくいのだとか。

現在世界中で、自動文章作成AIの技術向上に向けた研究開発が行われており、加速度的に世の中に浸透すると予測されています。

チャットGPTではAIと対話しながら欲しい情報を瞬時に教えてもらえるわけです。これまでのように自ら検索して出てきた情報を取捨選択する必要はありません。グーグルなどの検索エンジンがチャットGPT のようなアプリに置き換わる日もそう遠くないでしょう。

 

ただ、チャットGPTにも欠点はあります。インターネット上の既出情報を再構築して文章を作成するため、信憑性は低く、新たな発想や意見を生み出せません。また、指示の出し方により使いこなしの差が生まれますから、チャットGPTの特性を知り、適切な指示の出し方を学ぶ必要があります。

チャットGPTを活用するためには、人間が情報や言葉を精査する能力と創造性とを高めなければなりません。やはり、今にも増して小論文を書くための論理力や思考力は求められるでしょう。アプリに任して書くことと考えることを人間が止めてしまえば、その代償は取り返しのつかないことになりかねません。

 

”カタチ”を点数化する内申評価に代わり小論文を入試に取り入れることは、中高生に興味関心と思考力を育むでしょう。同時に、「何を行いカタチにしたのか」よりも「どう学び成長したのか」を評価の基準に据えることができます。

就活生がガクチカのカタチに固執するのではなく、これまでの学びや生活の中でどのような価値観や人間性を身につけてきたのかを自己アピールできるようになれれば小論文試験を導入した甲斐があったと言えるでしょう。

 

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