内申点という魔物⑨―中学高校の多様な枠組みを目指す時代へ―
シリーズコラム「内申点という魔物」の最終回は、多感な思春期の6年間が中学と高校の2つの枠組みに分離される公立学校の制度を見直してみます。3年ごとに入試に追われるよりも一貫した時間を生徒に与えることの方が教育的価値は大きいと考えます。その理由は第7回コラム『思春期が将来の礎となる時間に』でも先述しましました。
都立高校の教育改革とその成果
東京都では2000年代に石原都知事(当時)が“都立の復権”を旗印に掲げ、都立高校の中高一貫校化が進みました。現在では、6校の中等教育学校型(※千代田区立九段中等教育学校を含む)と5校の併設型中高一貫校があります。
週刊誌などのメディアは、難関大学進学者数の伸びにばかり注目して“都立の復権”を取り上げています。しかし、これらの中高一貫校は、従来の都立高校には見られなかった学校独自のカリキュラムや教育方針を打ち出しており、そこにこそ都立中高一貫校化の本質があります。
例えば、元々都立の伝統校だった小石川中等教育学校は理数系教育に特化したカリキュラムを導入しています。
面白いところでは、白鴎中学高校(併設型)は日本の文化伝統教育を特色としており、箏の授業を取り入れているそうです。2018年度からは海外帰国・在京外国人生徒枠を設けて、国際的なバックグラウンドを持つ生徒の受け入れを試みています。
最初の都立中高一貫校が創設されて十数年が過ぎました。進学実績は着実に伸び、入学倍率は高止まりしています。一方で、多様性ある教育の実現については発展途上ですが、今後の展開に期待します。
“教育県”を自負する埼玉県の現状
埼玉県では公立中高一貫校化が遅れています。現在、県立では伊奈学園(併設型)の1校しかありません。(さいたま市立では市立浦和高校に中学が併設されています。新たに2019年4月に大宮国際中等教育学校が開校しました。ただし、受験資格があるのは、さいたま市に住民登録をしている人だけです。)
1984年に初の総合選択制普通高校として創立された伊奈学園は7つの学系から構成されています。この学園の生徒は、7つの学系(人文・理数・語学・芸術・スポーツ科学・生活科学・情報経営)から所属する学系を選択し、180種類以上の選択科目から受講する科目を選択します。
いわば、自分だけの時間割に沿って学校生活を送ることになります。従来の学校でいう担任クラスはあるものの、授業科目毎に受講する生徒の顔ぶれと教室が異なります。
結果、生徒は周囲を気にせず、学びたいことに没頭できるため、個性ある生徒が多いそうです。互いの個性を尊重する雰囲気と生徒の目的意識の高さが生徒の自主性を育んでいます。
2003年には中学が併設され、県内初の併設型中高一貫校となりました。
ところが、埼玉県ではその後、中高一貫校を増設しようとする動きが凍結されています。
背景には根強い公立ヒエラルキー特権意識があるものと思われます。教育の保守的な土壌は、埼玉県内の伝統校と言われる上位高校が軒並み男子校と女子校に分かれていることにも表れています。こうした公立高校の男女別校の文化は、埼玉県の他に北関東と東北において多く見られます。私立学校においても男女別校は散見されますが、少なくとも公立学校は、男女平等の時代に則した姿へ変容する時ではないでしょうか。
杜の都ナンバー校の大改革
埼玉県と同様に、かつて男女別校の文化があった仙台の事例を見てみましょう。
仙台ではナンバー校と呼ばれる男子校と女子校が地域を代表する高校として君臨していました。ナンバー校とは、旧制高校・高等女学校を前身とする進学校で、「第一・第二」の漢数字を校名に冠しています。男子校では仙台一高と仙台二高が、女子校では宮城一女と宮城二女があります。
宮城県教育委員会は県立高校の一律共学化の方針を打ち出し、2007~2010年にかけてナンバー校の共学化を実施しました。この4校の内、宮城二女は仙台二華と校名変更して中高一貫校の道を歩んでいます。共学後、いずれの学校も高いレベルの教育が実践されています。
実は、共学化の方針が打ち出された際にナンバー校の卒業生を中心に激しい反対意見が上がりました。
反対意見の根底にあったものは“男子校(女子校)としての伝統”を固持したいという卒業生のプライドでした。宮城県内の政財界にはナンバー校出身者が遍く進出しています。ナンバー校出身という行き過ぎた誇りが特権階級的意識を産み出し、“伝統”の保護主義に傾倒させたのかもしれません。人間の真理として理解はできますが、伝統は、時代の潮流に寄り添い変化を遂げながら塗り重ねられていきます。
埼玉県でも伝統に新しい色彩を塗り重ねるために、伝統校の共学化と中高一貫校化の動きが解凍されることを待ちわびています。
多様性のある教育が、変容する社会と向き合える子どもたちを創る
公立学校の中高一貫校化や単位制総合普通科の導入は、横並びの公立学校に多様性を吹き込む突破口となる可能性を秘めています。
ただし、公立学校の中高一貫校化が、加熱する中学受験の流れに拍車をかけるだけではその意味がありません。経済的な魅力だけが安易な中学受験の参戦を促し、更なる偏差値至上主義を助長するだけなら本末転倒です。
“私立学校に負けない魅力ある公立学校づくりを”と第8回コラムにて既述しましたが、魅力とは偏差値と大学進学実績の物差しだけで測る魅力ではありません。内申点を軸にした画一的な教育から多様性を持たせた教育へ変革することに本質的な意義があります。
公立中高一貫校へ進学する利点は、“思春期の時間”を得ることにあります。ゆとりある時間の下、普遍的な学びを行い、失敗を恐れず経験を積み、自分と異なる土壌を持つ他者と交わることに価値があるのです。
未知と困難の時代に対処する術は、画一的な捉え方や秩序からは産み出されません。良識と想像力と勇気こそが、同調圧力に屈しない自由で柔軟な発想をもたらし、新たな社会を創造します。
多種多様な方針を持った学校が増えることは、学びの選択肢を増やし、子どもたちの価値観を多様化させます。
日本は横並びの文化が根強い国です。中学生は周囲の影響を受けやすい年頃ですから、恥ずかしさも伴い、周囲と歩調を合わせようとする嫌いがあります。
自分の心に蓋をして、みんなと同じでいることに安心していませんか。恥ずかしいと思う気持ちは思春期において恥ずかしいことではありません。だからこそ、世の中の楽しいことを知り、未来の可能性に触れ、夢中になれるものを見つけてほしい。それを“自分の核”として成長することが未来の自分を創り出すのです。
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