理科塾から望む教育コラム

教育、世相、人と街…、肌で感じた小さな発見と疑問について軽い頭を絞りながら綴ります。

伝わらない文章を卒業するには

役所のお知らせを堅苦しくて読みづらいと感じたことはありませんか。日本人がそのように感じるのなら、日本語が母語でない在留外国人は役所の文書をどのように感じているのでしょうか?

 

神戸市の優しい日本語推進プロジェクトは、小難しい役所言葉で書かれた文章を在留外国人でも理解できるように優しい日本語表現に書き換える取り組みを行っています。プロジェクトスタッフたちが試行錯誤する様子は、ニュースサイトwithnewsの【#役所をやさしく 神戸市の挑戦】で連載されています。

 

withnews 連載 #役所をやさしく 神戸市の挑戦

https://withnews.jp/articles/series/100/1

 

分かりづらく感じられるお役所の文書を分かりやすい表現にどのように変換していくのか、国語塾を主催する私も興味深くこの連載を拝読しています。日本語を習得済みの、または習得中の在留外国人が分かりづらく感じるポイントは連載を読んでいて特に興味を引かれます。それは日本人にとって盲点であったり、新たな発見であったりするからです。

 

盲点や発見の一つに日本語の主語の省略による分かりにくさが挙げられています。私たちは普段の話し言葉や書き言葉において主語を省略しがちです。日本人同士には主語が無くても不自由なく伝わる文章が、在留外国人には《そうするのは誰なのか?》と分かりにくく感じられるのだそうです。その原因を日本語の言語構成の面から考えてみました。

 

 

■日本語の主語が省略されがちな訳

 

日本語は、その言語構成において他言語と比較分類されるとマイノリティなグループに属しています。日本語において主語・述語・目的語・修飾語などの語順が多くの言語のそれと異なっているからです。

 

以下のような例文をもとに考えてみましょう。

 

「私は昨日、電車に乗って新宿まで買い物に出かけた。」

 

この文章を英語にすると、以下のようになります。

 

「I went shopping in Shinjuku by train yesterday.」

 

 

和文・英文それぞれを文節に区切り、構造分解してみます。

 

 

和文の文節)

私は / 昨日、 / 電車に / 乗って / 新宿まで / 買い物に / 出かけた。

 

まず、和文係り受けの関係を整理します。

 

私は→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→出かけた

                                       ↑

   昨日→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→↑

      電車に→→↓                           ↑

          乗って→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→↑

              新宿まで→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→↑

                   買い物に→→→→→→→→→→→→→→→→↑

主語  述語

 

ご覧の通り主語をはじめ他の文節も、文末に登場する述語《出かけた》にかかります。

日本語は、文末に配されやすい述語に文の中心を置いています。述語は《何だ・どうした》という文の結論にあたり、結論を修飾する文節は述語の前に配される構造となります。ゆえに主語も述語を修飾する一要素にすぎません。

 

 

次に英文の係り受けの関係を見てみましょう。

 

I→→→→→went

      ↑←←←←←←←shopping

      ↑←←←←←←←←←←←←in Shinjuku

      ↑←←←←←←←←←←←←←←←←←←by train

      ↑←←←←←←←←←←←←←←←←←←←←←←←yesterday

主語  述語

 

英語では述語《went》が主語に次いで登場し、その他の修飾語が後に続きます。つまり、《何が何だ・何がどうした》という主語+述語の語順を基本形としてその他の修飾語は述語の後に配されるわけです。主語は述語と同様に文の中心として機能します。その証拠に《I am / You are / She is》など主語に応じて述語の活用に変化が生じます。多くの言語は英語と同様に主語+述語の語順を基本形としており、主語を省略すると文が成立しなくなります。

 

一方で日本語は、主語が述語に係る修飾語的な働きをしているため、主語を欠いても文が成立し意味が通ります。つまり、私たちが普段主語を省略して言語を扱う理由は言語構成の語順にあると言えます。

 

 

■外国の方でも分かりやすいお知らせに変えてみた

 

主語+述語の語順を基本形とする言語を母語とする在留外国人にとって、主語がはっきり示されない日本語の文章は分かりにくく感じられます。

 

例えば以下のようなお役所からのお知らせを検証してみます。

 

バイクの申告は4月1日まで

 

原動機付自転車にかかる軽自動車税は、4月1日現在登録されている方に、その年度分が全額課税されます。年度途中で廃車にしても月割りの返還などはありません。次にあてはまる方は4月1日までに申告してください。

別表|廃棄処分された方・譲渡された方…(他ここでは割愛します。)(原文一部改)

 

日本人でも解釈に少し迷いそうな文章ですから、外国の方には難読な文章であるに違いありません。確かに主語が省かれている箇所が見られます。主語を明確に示してほしい在留外国人にとって以下のような疑問が湧くと考えられます。

 

「誰が課税するのか?」

「誰が何を登録するのか?」

「誰が誰に何を返還するのか?」

「誰が何をどこに申告するのか?」

 

このお知らせを受け取った在留外国人は、「自分はこのお知らせに当てはまるのか?」「自分はどうすればよいのか?」などと混乱するでしょう。分かりやすくするためには、図を併せて表記する方法が有効ですが、ここでは文章のみに焦点をあてて手直ししてみます。

 

原付バイクを廃棄処分・譲渡(他人にゆずる)された方の申告期限は4月1日までです。

 

原付バイクを所有している人は市役所で所有を登録し、毎年一年間分の軽自動車税をまとめて市に支払わなければなりません。

2021年4月1日の時点であなたが原付バイクを所有して登録しているならば、今年度分(2021年4月1日~2022年3月31日)の軽自動車税の金額を市役所があなたに郵便でお知らせします。

 

あなたが昨年度(2020年4月1日~2021年3月31日)の間に原付バイクを廃棄処分または譲渡されているならば、あなたは2021年4月1日までに廃棄処分または譲渡したことを市役所で申告してください。もしあなたが申告をしないと、市役所はあなたに今年度分の軽自動車税を請求することになります。

 

文章が長くなりましたが、お知らせを受け取る人の目線に立った文章になりました。在留外国人の方にどこから説明するべきかの前提を見直した上で、誰が誰に(どこに)何をどうするのか、を分かりやすく書き換えています。

 

文章において一番大切な点は、誰に何を伝えたいのかを書き手側が整理することです。すると、情報を発信する先の対象者がはっきりしてきます。お知らせを受けとった人は自分が該当者なのか否かを即座に理解できなければなりません。そこで見出しについて、伝えたい内容と対象者が分かりやすくなるように変更しました。

 

加えて、情報の優先順位を考えて「年度途中で廃車にしても月割りの返還などはありません。」の文言を削除しました。このお知らせで最も伝えなければならない内容は、バイク所有の登録削除の申告を促すことにあります。月割りの返還とはいつ支払った分に対してのものなのか、その理解に混乱をきたし伝えたい内容をぼかしてしまうため、あえて載せない様にしました。その代わりに申告をしないとどうなるのかという文言を追加しました。

 

実際には図を併せて掲載すれば一層分かりやすくなります。役所が作成した最初の文章は紙面スペースの都合などを考慮したものでしょうから、失礼を承知で検証例に使わせていただきました。

 

日本語を使い慣れていると、つい主語や目的語を省略してしまします。私たち日本人は、《誰(何)が・誰(何)を・誰(何)に・誰(何)の》などを添えなくても相手は察してくれると甘えていないでしょうか。

 

特に小中学生(それも男子)は“省略系日本語使い”の名手かもしれません。うちの子は何を言っているのか分からないと困惑している親御さんは多いこととお察しします。(偉そうに物申している私も愚息の不明瞭な話に悩まされています。)人にものを伝える時には、語彙力や文法力はもちろんのこと、まず相手目線を想像する力に磨きをかけていくと良いでしょう。

 

 

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