理科塾から望む教育コラム

教育、世相、人と街…、肌で感じた小さな発見と疑問について軽い頭を絞りながら綴ります。

理科実験で伝える学び、得る学び

 

朝食を食べながら見ていた情報番組で、“令和の小中学校から消えたもの”を特集していました。理科に関連した消えたものの中にアルコールランプが取り上げられており、スタジオのコメンテーター陣が驚きの声を上げていました。

 

学校現場において随分前からアルコールランプは、五徳が備えられた実験用のカセットコンロに置き換えられています。アルコールランプに限らず、マッチやガスバーナーも登場する機会が減っているようです。カセットコンロならスイッチを右に回すだけで着火します。手元に火が近くなるマッチやガラス製のアルコールランプは危険との発想が根底にあるのでしょう。

 

理科塾では、こうした“昭和の火器類”が現役で活躍しています。生徒たちは皆、マッチやアルコールランプやガスバーナー等を当たり前に使いこなします。もちろん、これまで生徒が火傷を負ったり、怖い思いをしたことはありません。そこには、理科実験を通じて生徒たちに伝える学びの実践があるからです。

 

 

■マッチを擦る行為が生徒に与える学びとは

 

現代の子どもたちの大多数はマッチを擦った経験がありません。それもそのはずで、核家族化で仏壇を持たない家庭の増加やオール電化住宅の普及でマッチはおろか、直火を目にする機会も減少しているからです。火をつけるにしてもマッチは安全ライターにその座を奪われています。

 

先日、小学生の息子が学校で行われた理科実験の様子を意気揚々と話してくれました。ほとんどのクラスメートが怖がってマッチに火をつけられず、息子だけが何の抵抗もなく火をつけられたのだそう。息子以外に着火できた子が一人だけいたものの、恐怖心から火のついたマッチ棒の先端を下に向けてしまったらしい。

 

自宅が理科実験塾ですから、普段から息子は科学器具を扱い慣れています。息子は得意げでしたが、ここで大切な点は火器を扱えるか否かではなく、マッチの発火する仕組みや火の性質を理解した上で実践できるか否かにあります。

 

マッチは昔からある火器ですが、その仕組みは化学反応によって引き起こされています。マッチ棒の頭薬が箱に擦れた際の摩擦熱によって発火すると一般的に思われがちです。しかし、もし頭薬が摩擦熱だけで着火するならば、箱以外のものでマッチ棒を擦っても着火することになります。もちろん、そんなことはありません。

 

マッチの箱(側薬)には赤リンが、マッチ棒の頭薬には塩素酸カリウム・硫黄・松やになどが調合されています。マッチ棒の頭薬がマッチの箱(側薬)に接触すると塩素酸カリウムと赤リンが酸化還元反応を起こします。赤リンは酸化する際に熱を発生させます。酸化熱は、鉄粉が空気中の酸素に触れて温かくなるカイロでも利用されています。マッチの頭薬の発火点は約170~180度と言われていますから、酸化熱が発火点に到達すればマッチに火がつく仕掛けとなっています。

 

ちなみに100年程前のマッチはマッチ棒の頭薬に黄リンが使われていました。黄リンは発火点が約50度と低く、摩擦熱で発火点に到達するため、壁・地面・靴底などマッチ棒を擦れるところならばどこでも着火可能でした。ゆえに自然発火による事故が多発し、黄リンマッチは姿を消すこととなります。現代のマッチは、前段で述べた通りマッチ棒と箱にそれぞれ酸化剤(塩素酸カリウム)と還元剤(赤リン)とが分けてある点から“安全マッチ”と呼ばれています。

 

火は上に向かう性質があります。試しに着火後のマッチを真上に向ければ、燃えるものがなくなるため火は自然に消えてしまいます。間違っても着火後にマッチの頭を下に向けてはいけません。火はマッチの木に燃え移り、指に向かって燃え上がります。

 

子どもたちがマッチを怖がる理由は、着火の仕組みと火の性質を知らないからです。“安全マッチ”と呼ばれるように現代のマッチは、着火時に大きな炎が上がることも爆発することもありません。火の性質を知ってマッチ棒の向きを正しく扱えば、慌てることも指を火傷することもありません。

 

たかだかマッチと思われるかもしれませんが、マッチはそこに先人たちの知恵と工夫が詰まった科学の結晶品だといえます。物事の仕組みや原理を理解し洞察すれば、応用力が身につき、知りえなかった景色が広がることでしょう。


現代は、分かりやすく印象的な情報が溢れています。その上スピードも重視されるあまり、モノの仕組みや原理はカプセル化されて見えにくくなっています。そんな時代を生きる私たちは、立ち止まって考えることを面倒くさがり敬遠してはいないでしょうか。仕組みや原理を知らなくとも誘導されるがままに機器や情報を扱うことができれば良しとされる風潮もこれに拍車をかけているのでしょう。

 

理科実験はとかく世間に誤解されがちな面を持ち合わせています。「手品を見るような不思議を味わせてほしい」・「科学器具を上手に扱えるようになるだけだろう」・「マニアックな一部の人だけが学べばいい」などの声が世間から聞こえてきます。理科実験を学ぶとは、身の回りの事象の本質を探る力・洞察して考える楽しさ・新たな知識を知る喜びだと信じて今日も生徒と向き合っています。

 

 

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